読むべき本146選

フィクション

ダイナー (平山 夢明/ポプラ文庫)

それはまさにモーツァルトの「小夜曲」と同じ。多くの人が一度は見たり、聞いたり、経験したりしたこと。なんとなく、いつのまにか知っている、存在していた、存在しているもの。言わなくてもなんとなくわかる共通項。 人との繋がりやそれに伴う影響があるのは当たり前なのに、小説という形になるとより心に響く。文字に起こすとちょっと恥ずかしくなるような詩も歌にのせれば人の心を大きく揺さぶるように、この本も紙の上で文字が踊りだし、登場人物たちが鮮やかに動き出し、僕の想像力をかきたて、心を動かす。 何がきっかけで変わるかわからない
フィクション

屍者の帝国(伊藤計劃・円城塔/河出書房新社)

それはまさにモーツァルトの「小夜曲」と同じ。多くの人が一度は見たり、聞いたり、経験したりしたこと。なんとなく、いつのまにか知っている、存在していた、存在しているもの。言わなくてもなんとなくわかる共通項。 人との繋がりやそれに伴う影響があるのは当たり前なのに、小説という形になるとより心に響く。文字に起こすとちょっと恥ずかしくなるような詩も歌にのせれば人の心を大きく揺さぶるように、この本も紙の上で文字が踊りだし、登場人物たちが鮮やかに動き出し、僕の想像力をかきたて、心を動かす。 何がきっかけで変わるかわからない
純文学

道化師の蝶(円城塔/講談社)

好き嫌いがはっきりするので他人には勧めないが、個人的には非常に面白かった!もともと芥川賞は結果で、その芥川賞自体の意味がわかんないものが多いんだから、意味を考えると拒否反応が起きて当たり前。 この本は螺旋的構造とかパラレルワールドとかじゃなくて、4次元的作品なので、そこを意識すれば、主体とか客体とか時系列とか関係なくなり、まさに沈没するように世界に入り込める。
フィクション

アイネクライネナハトムジーク(伊坂幸太郎/幻冬舎)

それはまさにモーツァルトの「小夜曲」と同じ。多くの人が一度は見たり、聞いたり、経験したりしたこと。なんとなく、いつのまにか知っている、存在していた、存在しているもの。言わなくてもなんとなくわかる共通項。 人との繋がりやそれに伴う影響があるのは当たり前なのに、小説という形になるとより心に響く。文字に起こすとちょっと恥ずかしくなるような詩も歌にのせれば人の心を大きく揺さぶるように、この本も紙の上で文字が踊りだし、登場人物たちが鮮やかに動き出し、僕の想像力をかきたて、心を動かす。 何がきっかけで変わるかわからない
エッセイ

走ることについて語るときに僕の語ること( 村上春樹/文藝春秋)

これは別にマラソン本で、走ることは素晴らしい(もちろんそうだが)と語っているものではない。 走ることを通じて、彼が本能と経験を通じた考えが書かれている本だ。
そういう意味では、彼がこの本で書いてあるとおり、エッセイではなく、メモワールという表現がぴったりなのだろう。(ジャンルでわけることはあまり意味が無いが)

ミステリ

サトリ 上・下(ドン・ウィンズロウ/ハヤカワ・ノヴェルズ)

資本主義と共産主義、独立と支配という世界の思惑を利用しながら自分の信念を守り生き延びる一人のスパイの物語は一旦幕を閉じる。ドン・ウィンズロウを読んだことがなければぜひ読むべき物語。翻訳のレベルも高く、ページをめくる手を止めさせてくれない。 そしてその面白さはあなたの想像力がベース。読書は極上のエンターテインメントであると改めて教えてくれる。

フィクション

東京奇譚集 (村上春樹/新潮文庫)

村上春樹という人は音楽で言うなら絶対音感にあたるであろう絶対文感を持っているのではないかと思う。表現をする際、この世の中にあふれる言葉の中から最も適した言葉を選び出す。そしてどのように配置し、編曲(編集)するかを考える。僕達は彼の書いた譜面を読めば目の前に彼の楽曲が展開される。演奏に無駄はない。時折、アレンジを加えるが、気にはなるがひっかかりはしない。

読者である僕たちは、同じ曲を演奏する必要は無い。譜面(作品)を読んだら音に(文字に)なっているのだから。そして一度原稿用紙という五線譜から目を落としたら、そらすことは出来ない。ただページをめくるだけで、物語は静かにスタートしてちょっとした盛り上がりや転調はあるけれども、静かにエンディングを迎える。

ミステリ

解錠師(スティーヴ・ハミルトン 早川書房)

唯一自分の意志で開けた鍵は恋人の心 この年のこのミス海外作品1位受賞作品。 アメリカなどでは技術レベルの高い錠前技術者は「ロックスミス(Locksmith)」と呼ばれ、マイスター(上級技能者)として高い社会的地位...
エッセイ

転がる香港に苔は生えない (星野博美/文春文庫)

「転がる香港に苔は生えない(星野博美 著)の読書感想文。返還期の香港にまさに入り、感じたことを赤裸々につづる筆者。変わり続ける香港がもしかすると止まるかもしれない返還。これまでの香港に「慣れる」ために、様々な人の話をきき勉強していく筆者。なれるためには今まで生きてきた自分の魂を変化させていくことだ。香港人に戸惑い、傷つき、慰められ、笑顔にさせられ、結局自分のルーツである日本人であることを「誇り」とし、閉じこもった世界で持つ誇りに意味はなく、広い意味で国際交流しての「誇り・矜持」ならば大切であることに気づく。
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